2020年3月:富田林ぶらり

少し以前のことになりますが、近つ飛鳥博物館において、2019年春季企画展「寛弘寺古墳群」が開催されておりました。
その展示内容は、古墳や出土品の特徴から「県主」と呼ばれる地方勢力の古墳群だったのではないか?というものでした。
ここで私は県主という新しい言葉に興味を覚え、今回の訪問と相成った次第であります。

その日はまるで「コロナ騒動がこれから起こる」ということを暗示したかのような曇り空の日でした。まだ「越県移動はダメ」という無意味な要請は無く、人々は幸せそうに電車に乗っていました。
そのような陽気な雰囲気の中、しばしの鉄道旅を楽しみ富田林駅へと到着。そこから千早方面に向かうバスに乗ると、石川を越えたところで「大伴」という地名がありました。ここで千早川と石川に挟まれた丘陵地帯の最先端が見えるのですが、辺り一帯が開かれた平地であるだけに小山のような容貌にも感じます。
この大伴地区を少し過ぎたあたりの田園地帯に寛弘寺古墳公園があります。
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寛弘寺古墳群は、かつて、上の地図のように丘陵の中の狭い谷が入り組んだところにあったのですが、現在では山ごと削り取られ、絡み合った谷も見る影が無くなり、すべてが畑と化していました(現在の地形は写真の右上枠図を参照)。唯一、古墳公園として残された箇所だけが高台になっています。
南から見てみるとハゲた小山がよく見えます。
上写真は神山墓地からの眺め。この神山墓地も残された高台ですが、昔は丘陵の中になっておりました。
最後に古墳公園から南側を見た眺め。昭和の農地開発事業以前は向こうの山までつながっていたのです。ここだけ残したのも変な話ですが、説明板によると「寛弘寺の七つ墓」と言われていたそうです。このような伝承があるからこの部分は破壊できなかったのでしょう。

古墳公園は墳丘の形を残した4基の古墳が保存されております。写真のように形が分かるだけの代物で他に何があるというわけではありません。出土品は近つ飛鳥博物館で展示されているようなので、次回立ち寄った際にでもじっくりと拝見したいと思っております。
公園のどこを歩いても見晴らしの良い眺望で、なだらかな平地が広がる田園風景になっております。現在では畑地や宅地となって失われてしまいましたが、治水が未熟であったろう古代では、血脈のように張り巡らされた水流を、丘陵に住む人たちは存分に使用していたことでしょう。

視点は変わりますが、寛弘寺古墳公園の南西には神山墓地のある高台が残されています。ここには中世の西大寺系律宗寺である寛弘寺の遺物、五輪の塔が建っております。現在では廃寺になっており、文献資料もあまり無い寛弘寺でありますが、地名に残っている事を考えてみても、この近辺に対しては相当影響力があったのではないかと思われます。
西大寺石工集団らしい柔らかい丸さが目立つ五輪の塔には「正和4年(1315)」と刻まれていたらしいのですが、現在ではまったく読み取る事ができませんでした。

失われてしまった歴史の中で残ったものは、わずかの古墳と、ただ一基の五輪の塔、そして地名だけであります。他のすべてが流れる雲のごとく消えてしまったにも関わらず、この残された遺物は何を伝えようとしているのでしょうか。

これで寛弘寺周辺の散策を終了し富田林駅へ戻る事にします。歩いて40〜50分ほどで、寛弘寺古墳群の西側の境となる石川と合流。橋を渡ると、道は緩やかに徐々に上がっていき、とりわけ左手はかなりの高台になっていました。
高台に密集する住宅地が少し不思議に感じて中に入ってみると、白塗りの壁と瓦屋根の建屋がズラッと両脇に並んでいました。そうです、ここが本願寺の富田林寺内町だったのです。
富田林にそういったところがあるというのは聞いたことがあったのですが、もっとこじんまりとしたものだとばかり思っていて、まさかここまで綺麗に整備されているとは。

石川を利用した環濠集落でもあり、本願寺の御坊が集落の中心に建てられていて寺内町だとも言えます。御坊の山門の隣には、本願寺らしい太鼓櫓もありますが、高田御坊や今井御坊といった大和の御坊に比べると少し小さい感じです。
町のあちこちにはよく分からない商店がいくつもありました。少し前に流行った町屋を使ったカフェや食堂、雑貨屋などですが、人の思いは移り気なのでどうなっていくのでしょうか。
最後はせっかくなのでコーヒーを飲んで帰りました。雰囲気の良い店内でしたが、個人的にはあまり好きではありませんでした。

寛弘寺古墳を見学しに来たのですが、最後は本願寺が気になって仕方がないという一日となってしまいました。本願寺巡りなんかも楽しいかも、と思いながら帰宅。
文化財として保存される遺産でも、公園として無理やり整備したもの、生活の中に溶け込んだもの、商業に活用することで生き残るもの。様々な形態のものがあるのだという事にも気づかされました。